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寄せ鍋の餌食

社会性の上に成り立つ便所へ向かう習慣

誰しも一度は、お風呂で尿をもらしたことがあると思う。もらしたというより自らの意思で出すとかそうゆう話だ。これは鼻くそを食べたことあるのと同等の馴染みな話で、避けて通れないような道ではなかろうか。

 

鼻くそはあまり食べなかった。友達に勧められて食べてみたが甘いものが好きだったので、自ら鼻くそ沼に浸からずに済んだ。

 

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小学校六年間ずっと同じクラスだった学年一位の秀才ボーイだけは、ずっと鼻くそを食べ続けていた。鼻くそでも食べないと勉強などやってられなかったのかもしれない。私が知っている限りでの鼻くそイーティング最高齢者だ。他にももっといるかもしれないが、年齢を重ねるごとに人目につくところで食べる人はどうしても減ってしまう。社会性は悲しい。

 

鼻くそ依存は免れた私だったが、おしっこに関してはどこまでも奔放だった。お風呂ではよくおしっこをした。というより一定の年齢までは浴槽でおしっこをするのが当たり前だと思っていた。同じ水分だしとお気楽だった。

 

わざわざ尿意を溜め込み、我慢の上でお風呂で解放するという高みに上り詰めたこともある。おしっこ秘話に関しては誰よりも張り合いがある。

 

そんなバスルームでおしっこ!の時間も、悲しい社会性の植え付けで幕を閉じた。

 

母とお風呂に入っていた時、おしっこを出したかどうかは覚えていないが、突拍子もなくケツから球体の形をした小さく茶色い物体が出てきてしまった。母は浴槽から飛び出し、茶色の物体を取り除く。

 

細かいところの会話まで覚えていないが、尿も糞も非常に汚いということを教えてくれた。きれいになった体が勿体無いということを母はきちんと理屈で教えてくれた。とてもよくわかった。 私は理屈で話されないと納得しない頑固な子供だったので、諭すように教えてくれたのだと思う。

 

社会に出ると尿も便もなかなか人前でする機会はない。ちゃんと便所という場を設けて尿や便を排出する動物は人間だけだ。なんだかちゃんと場が設けられてることを意識すると、心なしか恥ずかしくなって来やしないだろうか?

 

ましてや音姫なんかで音も消せる。女性の便所は音姫がよく鳴る。そしてよくその音量を上回るいろいろな音が聞こえて来る。