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寄せ鍋の餌食

腰抜けの靴下はかかとに穴が空く

素人の研究社で「なんかいい」写真の記事が一昨日くらいに上がったことがあってなのか、自分が心の中で良いと思ったものだけが妙に大きく見えてしまう人になった夢を見ました。

 

どうか勘違いしないで頂きたいので補足をすると、その日まあ印象に残ったこととか、ふいに覚えていたこととかが夢に出てくるのは至って普遍的なことであって、これは作り話ではないです。本当の話です。そこまで前置きして作り話でないことを主張しなくてもいい気もしています。でも前置きしなければ、となぜか焦っている自分がいます。焦って前置きをした理由としては、私の奥底の臆病腰抜け精神が災いしているのが一つと、もう一つはその性質を筒抜けにさせるインターネットのせいだと思います。皆さんもインターネットを憎く思う時、ないですか?というか行き場のない感情はインターネットのせいにしてしまった方が手っ取り早いですので、おすすめです。

  

インターネット上の文章は、書き手の顔は見えませんし誰だか知らん分らんですので、嘘要素が微塵もない無実真実な話でも、書き方や言葉選びに失敗すると嘘誇張と捉えられてしまうようなケースが多発します。そんなケースがある為、(今回の私みたいに)嘘に見える可能性が四割強くらいなのにも関わらず、ここまで嘘を気にしなければならない事態が発生するのです。

 

インターネットは便利故、リスクがあります。インターネットからしてみればネットワークを使わせてやってんだから、リスクなんぞ軽々すり抜けのびのび自分表現しろよ的な、あくまでも自主自立の姿勢で利用者を突き放すようなスタイルなのかもしれません。だとしたらインターネットは大分凛としています。

 

嘘は必ず次の嘘を生みます。本当にその書き手が嘘を書いていればそいつは闇に落ちるべきです。ネット上で救われたくて嘘を言いたくなっちゃうのでしょうか。ちょっと書きながら考えていたら恐ろしく虚しい寂しい話だなと思いました。人間は結局寂しくて孤独ですよね。一人でいても誰かといても悲しい動物かもしれませんね。

 

さて、暗くなってきました。

 

事前構成皆無の私の文章に出口などあるはずもなく、いまこうやって書いているうちに冒頭の夢の話はどうでもよくなってきましたね。まあ言っても冒頭で説明をした通り、”自分が心の中で良いと思ったものだけが拡大されて妙に大きく見えてしまう人になった”という話です。それ以外補足のしようがないです。

簡単に内容を話すと、可愛いと思った人の顔がくそでかくなって見えたり、書店などに入店した瞬間、私が目を通す前に本がでかくなって見えたりしていました。多分、読む前から私の心が自ずといいものを察知していたのだと解釈しています。

で、自分的にいいかなと思ってたものがでかくなってなかったりすると、「あれ?これよくないんだ?」と混乱したり、なんかもういま考えると途中からは、よく分からない状況でした。あんまり覚えていないのですが、でかくなきゃまずい状況もあって、でかくなれって願わなければならない場面もありました。

 

 

最後にお聞きしますが、みなさんは靴下履いてますか?ストッキングですか?タイツですかそうですか。では、靴下を履いている方にお聞きしたいのですが、どこがよく破けますか?私は小学校低学年の頃まで、親指人差し指付近が破ける謂わば正統派の破け方でした。

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でもですねブラジャーをつけ始めた頃あたり(小学校高学年くらいでしょうか)から、だんだんかかとに空くようになりました。あと、写真を見るとかかとが乾燥しているのがわかりますね。私は冬に割れたかかとを夏でたっぷり潤します。ぱっくり割れたところがやっと治った頃には、またかかとの割れる季節はやってきます。こうゆう年の重ね方をしています。よくわかりませんね。私ももはや何を言っているかよくわかりません。

 

さて、なんでかかとに空くんだろうと疑問ですよね。先ほど調べてみましたら、前のめりな人は指付近に、仰け反り気味な人はかかと付近に空くそうです。靴下なんかに諭されるなんて夢にも思っていませんでしたが、多分腰抜けということとかだと思います。確かに前のめりな人生の方がスリルがあると思います。羨ましいです。でも、私は腰抜けの人を基本的に一目置いています。腰抜けなりに色々思うことがあると思うからです。腰抜けの皆さん、どうでしょうか?決して表に露出することのないロマンがあったりしませんか?密度のある不安感や焦燥感にも価値があるかもしれないと、信じているのです。